新年あけましておめでとうございます。
皆様にはお元気にお過ごしのここと拝察いたします。

昨年末も暖かく、地球温暖化は着実に進行しているようで、年々台風の強勢化がみられ昨年の9月の台風19号の風被害、10月の21号による豪雨による河川氾濫は日本国土に甚大な被害をもたらしました。国家レベルの地球温暖化対策の強化と同時に地震、津波、台風に風水害からも、自らの命と家族、会社、地域社会を守る備えをしておかなければならなくなっています。
国際社会では昨年1月、韓国徴用工問題で韓国裁判所により日本の会社の資産差し押さえ判決がなされ日韓関係がさらに悪化し日本製品不買運動や渡航制限による韓国人観光客が激減しているとのことです。北朝鮮も対米交渉を有利にしようとミサイル発射、エンジン開発や特有の広告宣伝活動を続けています。ロシアとの平和条約締結の頓挫し、昨年末には民間タコ漁業船の拿捕がありました。領土問題を早期解決し平和条約締結する作業作業は遅れているようです。

国内では、1月全米オープンテニス大会(4大大会の1つ)大坂なおみ優勝(アジア人では初めて)、2月には豚コレラ(CST) 国内確認、競泳小池選手の急性白血病報道、JAXA探査機「はやぶさ」が小惑星「リュウグウ」に着地し砂石試料採取成功、今年11月に地球帰還予定。3月には旧優生保護法による、強勢不妊救済法成立。5月には令和に改元。22日トランプ米大統領国賓来日。6月13日には安倍総理イラン訪問での仲介外交展開中にホルムズ海峡通行中の日本タンカーへの攻撃事件発生。7月には仁徳稜含む古墳群の世界遺産登録、18日は京都アニメ第一スタジオ放火事件で36人死亡。10月より消費税10%(酒類除く軽減税率8%)引き上げ。ノーベル化学賞に吉野彰氏受賞。11月ローマ教皇38年ぶりに訪日、長崎、広島で核兵器を非難。12月2日には尊敬していた中村哲医師が現場視察に向かう途中、何者かに銃撃を受け亡くなりました。長年アフガニスタンで医療活動中、この国の根本問題は水と貧困だと思い日本の伝統的技術を活用した井戸堀から始め、灌漑用水路25Km造成し約10万人の暮らしが成り立つようにした。この事業を旱魃・砂漠化が激しい地の地域へと拡大する中途の出来事で、大変残念な事件でした。中村医師が語っていたのは、日本が武器を持たない第9条を有していたおかげで部族国家の現地で受け入れられた。西南学院中学在中よりクリスチャンであったが、現地の信仰や価値観の最大限の敬意を払いつつ活動し、現地に住民の要望でイスラムモスクを建設中であった。

この事件で聖書の言葉を思い出したのでここに引用し哀悼の意を表して記します。「自分の命を救おうと思うも者はそれを失い、私(神)のために自分の命を失うものはそれを見出すであろう。たとい人が世界を儲けても、自分の命を損したら、何の得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買い戻すことができようか」
(マタイ福音書16章25-6)

今年後半に本を読んだ中で、私にとり大きな衝撃を受けた内容であった書籍内容と大きく抜粋、要約しご紹介します。

・トランプ米国大統領が政治生命をかけて戦っているのは、「米国のみならず、世界を陰から支配してきた「ディープステート(深く潜伏して見えない国家)」ディープステートとは、初期移民の子孫WASP(白人・アング・ロサクソン・プロテスタント)の代わりに米国のエスタブリッシュメントの座を仕留めたグロー バリストからなる「左派ユダヤ人」社会。彼らは主要メディアを傘下に収め、世論を操作しドル発行権を独占する事で金融を支配し、CIAをはじめとする情報機関も配下に置き政界の裏社会と通じ「軍産複合体」と呼ばれる軍需産業と多国籍企業を握って、彼らのビジネスの便宜を図り、ネオコンという「イデオロギー政策集団」を使って世界戦略を遂行してきた。

・ロシアゲートにみられるように、司法界の要所を抑えて、党派的な操作や裁判によって政敵を沈黙させてきた。彼らが米国の実権を握り世界に影響力を及ぼし始めたのは、今から100年以上前のウイルソン大統領の時代からである。

(1)ロシア革命は実は「ユダヤ革命」であった。これは当時からヨーロッパの常識
・ソ連から国外に亡命していたユダヤ人が、英国やNYのユダヤ系国際金融勢力の支援を仰ぎ、ロシアの少数民族ユダヤ人を開放するために起こした革命。
・ボルシェビキ革命政府の指導部の8割はユダヤ人で占められていた。
・ロマノフ王朝の財産のみならず、共産主義の私有財産禁止の思想の元に、ロシア民衆が保有していた金を没収した。これにより革命家たちが投資家への負債の返済に充てられた。
・自由資本主義の米国がレーニンの指導する共産主義体制を1億ドルもの資金援助まで行って授けたのか?
・当時ウイルソン大統領(社会主義の傀儡政権)に情報を提供したのは、社会主義者で側近のエドワード・マンデルハウス大佐(ユダヤ系金融の大物ロスチャイルド家の代理人が父親)
・「大資本家はみな社会主義者」:グローバリストとは、自らの普遍的価値を国家の上に置くイデオロギーであるから、国家意識は皆無で望む国境を超える金融ビジネスに対する国家の介入を極端に嫌う。国際金融資本家のビジネス対象は「世界全体」である。彼らにとり国益という発想自体が忌避すべきものである。

・ユダヤ系冨族がロシア革命を支援したのは、
①まず、ユダヤ人による革命であったから
②革命思想である共産主義が国際主義だったからである。
・新保守主義を訳されるネオコンは社会主義勢力なのである。
・社会主義もリベラルもネオコンも、その根は同じ国際主義にあるのである。

(2)1918年シベリア出兵:
通説:米英仏撤退後も日本はシベリア東部に勢力を伸ばそうと居残った。ロシア革命後の内乱期にシベリア東部に残されたチェコ軍救出目的に日本は米英仏軍とともに出兵した。歴史の真相:日本は「ニコラエフスク邦人虐殺事件」の解決のために撤兵を遅らさざえるを得なかった。
・無辜の日本人居留地に対する共産バルチザン(非正規軍)侵入による無差別殺戮という国際法違反だったので、この問題が解決するまでの間シベリア撤兵が当初の予定より遅れたのが真相。
・この事件は後の28年済南事件、37年の通州事件など日本人の嚆矢となり、当時の日本人に共産主義に対する強烈な反感と呼び起こした事件であった。
・一方、当時のウイルソン政権の米国はロシア共産政権を帝政を倒した民主主義政権とみなしていた。米国はソ連の友好国であった。こうした歴史の逆説ともいえる状態を当時の日本は十分理解していなかった。

(3)1921~22年の「ワシントン会議」(別名:ワシントン海軍軍縮会議)
通説:米英の指示で中国の主権の尊重と領土保全が約束された。

歴史の真相:ワシントン会議こそが大東亜戦争の火種になった。
・そもそもウイルソン大統領提案の国際連盟だったが、上院の反対で参加しなかったことが、1921年のワシントン会議を米国が招集することとなった最大理由。
・当時の大統領ウォーレン・ハーディングの目的は「満州、中国における日本の行動を封じ込める」ことであった。日英は当時同盟関係にあり、孤立を恐れた米国は大規模海軍拡張を画策する。日英両国も対抗して軍事拡張を始めた。そこで米国は軍縮協定を結ぶためにワシントン会議開催を必要とした。当時に日本の国際的地位はヴェルサイユ講和条約以降、五大国の一国 として参加するほど向上していた。主力艦の比率が米:英:日:仏:伊=5:5:3:1.7:1.75に制限された。重要なのは、米統治下のハワイ、英国統治下のシンガポールは制限から除外されていた。このことがのちの大東亜戦争に大きな意味を持った。
・4か国条約4条で「日英同盟の終了」こそが米国の目的であった。米国の目的は日露戦争後にロシアから日本に割譲された南満州鉄道を中立化し満州に進出を企てていた。日露は無論英国もこの提案を支持しなかったのは日英同盟があったからである。
・米国にとりワシントン会議の最大の成果は「9か国条約」にある。中国の主権、独立、領土保全の尊重、門戸解放、機会均等主義の順守が謳われていた。このことにより、日本の既存権益を守るための防衛的行為でも9か国条約違反として国際的に避難される口実を与える結果となった。
・国家としての体をなしていなかった当時の中国の無政府状態を利用し、互いに牽制し合うよう当地域に権益を有する9か国が抜け駆けしないように取り決めたものであった。条約に参加していないソ連の外蒙古に対する傀儡政権樹立に対し、米国は一切の批判、抗議を行っていない。米国は自ら生みの親であるソ連の共産主義を守護し、国世界戦略の一端を担わせていた。
・その後の第2次世界大戦は「民主国家」対「全体主義国家」の戦いではなく、「世界赤化勢力」と「反共産主義」との戦いであった。

(4)1934年日中戦争:
通説:日本は南京占領の際に多数の中国人と殺害し国際世論の非難を浴びた。
歴史の真実:米国は中国との戦争を日本が避けようとするのを阻止した。
・国際主義者で構成される世界社会主義勢力にとり、中国と満州は恰好のターゲットであった。具体的な戦術は2つあった。
①ソ連及びコミュンテルンによる共産主義の拡大と浸透と
②金融資本主義による中国経済の奪取。
その目的のためには、なんとしても北支の日本影響下を避けねばならなかった。
「日本から対中和平の可能性を奪った西安事件」:
・蒋介石支配下の国民党東北司令官「張学良」が対共産党戦苦戦の打ち合わせと称し、蒋介石を西安に呼び出し監禁した。
蒋介石は共産党とともに日本を戦争すると約束させられて解放された。
・張学良は共産主義者との交流を深め、サッスーン財閥と英米金融資本家勢力の傀儡である朱子文が張学良を説得していた。
・このことで蒋介石は実質トップの地位を失い国民党政府の実権は朱子文とその背後にいるサッスーン財閥に移っていく。
・この西安事件から日本の行動が侵略行為でないことが一目瞭然である。戦争を望んだのは国共合作が成立した中国であり、背後にいたソ連と米英である。日本政府が事変不拡大の方針を目指して持ち掛ける和平方針の悉くは抗日統一戦線路線に縛られた名目上のトップ蒋介石に拒否され続け状況は泥沼化していった。

(5)1941年「日米戦争開始」:
通説:中立を守っていた米国は反ファシズムを明確化した歴史の真相:米国はドイツとの開戦の前に日本と開戦する必要性があった。
・チャールズ・ビアート教授著「ルーズベルトの責任」やジャーナリストのロバートスチエンット著「真珠湾の真実」によると、日米戦は日本が一方的に米国を侵略したものではなく「米国が挑発して第一撃をうたせようとした」ことを明らかにした。米軍は日本と外務省の暗号を事前に解読していたにもかかわらず「日本と戦争するなど考えてもいなかった」と後に開き直る証拠として真珠湾を無防備にしていた。
・ルーズベルトは「民主主義を守るという大義の元、第二次大戦に参戦し英国を助けるために日本を挑発し、真珠湾の軍人2000人を犠牲にしたことは正しかった」と結論付けている。
・ルースベルトはドイツ戦を始める前にどうしても日米戦争を開始しなければならない理由があった。何故なら中国を共産化する前に中国における日本の影響を排除する必要があったからである。先にドイツとの戦争に突入してしまえば、中国に介入するチャンスが失われる危機があった。
・ドイツに対米宣戦布告させるために、日本を挑発した結果が真珠湾だという「裏口参戦論」には根拠がなく米国の真意を隠すための恣意的な情報だったのである。
・米国は西安事件を繰り、志那事変において借款を与え、武器援助などを行い、事実上蒋介石側に立って日本と戦っていた。蒋介石支援を明らかにし、正面から日本を叩くために、日本と正式に戦争状態に入ることが必要であったのである。

(6)マッカーサーの「日本は自衛戦争」発言
・命を懸けて戦ったのにも関わらず解任されたマッカーサーが帰国後に、米上院軍事外交委員会での証言内容は興味深いものであった。「米国の産軍複合体は、朝鮮戦争を勝利することを望まなかった」
・1951年5月3日マッカーサーは「日本が太平洋戦争に突入したのは、大部分は安全保障上の必要によるものだった」と証言。
・1946年~48年にかけて行われた「東京裁判」において、「平和に関する罪」で7人の日本人指導者を処刑した、そのマッカーサーが、日本の戦争は侵略戦争ではなく自衛戦争だったと公式に証言した。この歴史的証言を重く受け止めて、歴史教科書にはマッカーサー発言をきちんと書くべきである。
・太平洋戦争が日本の自衛戦争であることは、戦争前から米国首脳にはわかっていた。日本は自衛のために戦う以外にはなかった。アメリカは追い詰められた日本が米国を攻撃するのを待っていた。太平洋戦争はアメリカが仕組んだ戦争であって、日本の侵略戦争で有るはずがないのである。

(7)1951年「サンフランシスコ講和条約」
通説;日本は講和条約の調印し独立を回復し国際社会に復帰した。
歴史の真相:アメリカやイギリスは日本と隣国との紛争の種をしっかり蒔いていった。
・植民地を人種や宗教、言語により争わせて分断し宗主国が支配し易くすることを「分割統治方式」で日本の行動を縛った。
・日本占領下の1951年、在京英国大使館が本国に「対日平和条約において、日本に千鳥列島を放棄させるが、この放棄させる千鳥列島の範囲をあいまいにしておけば、日本とソ連は永遠に争うことになり、これで西側連合にとり利益となるであろう」と極秘電報で報告している。
・情報公開30年ルールに従い、この電報の公開の可否について日本外務省に問い合わせたところ、外務省は不必要な論争を恐れて「公開不可」とした。現駐在ロシア大使の丹波實氏は「英国外交は恐ろしい」と記している。日本の英国大使館は公開された電報のコピーをとらなかった。
・日本と親交があった、ロシア音楽家ロストロホービッチは「日本とロシアがいかに西欧連合国側に引っ掛けられ争っているか北方領土は早く日本に返してこんな争いはやめるべきだ」とどこかに書きたいといって資料のコピーを望んだが、その後丹波氏が在英日本大使館に問い合わせたところ「千鳥列島の戦略的価値」というファイルは存在するが、ファイル自体は紛失中との返答が来たとのこと。
・「グローバリストの天敵は健全な主権国家」なので、朝鮮戦争、ベトナム戦争といった一連の戦を仕掛け米国の健全な主権国家をつぶしにかかっていうるのである。グローバリストに立ちはだかっているのが日本、ロシア、トランプ。
・戦後日本は廃墟から復興し政界トップクラスの経済大国になった、そこでグローバルリストたちは日本のバブルを崩壊させて日本経済の構造転換を図る。グローバルスタンダードの口実の下に日本式経営から米国式株主資本主義へ転換を強要した。これが東西冷戦後の「失われた20年」背景にある。
・ソ連崩壊後にショック療法と押し付けたグローバリストたちはロシアの急激な市場化にまずは成功しユダヤ系の新興財閥が天然資源や金融業を握ることでロシアをグローバル経済に組み込む寸前まで持っていったが、そこにプーチンが登場しスラブ民族主義の傾向の強い国になりつつある。
(誰もが反対しにくい)立派なスローガン(建前)の影に隠れる国際グローバニズム資本主義者の世界を相手に自分有利に事業展開し稼ぎたいという本音が、巧妙に隠されていることにどれくらいの人が気づいていたであろうか。この書物はそのことに気づかせてくれました。

もう1冊は、

歴史学者でもない歴史好きの一市民が世界1200以上の都市を訪れ、1万冊以上の書物を読んで培った教養が披露されていて、とても興味深く面白く読ませてもらいました。

1)ノアの箱舟の原型(洪水物語):

・アッシリア帝国のアッシュールバニバル(BC668~527)が作った首都ニネヴェに大図書館所蔵の世界最古の叙事詩が発見されその記録がある。

2)エジプト女王クレオパトラ:
・この名は約300年前のギリシャ人のアレクサンドロス3世の出身地マケドニアの多い名前(エジプト人ではない)

3)世界で初めての中央集権国家「泰」
・Chinaの由来で、初めて「皇帝」という称号を作り、郡県制を全国に敷いて官僚を派遣することで統治し、度量衝統一し商業活動の円滑化を図り、車軌(車幅)を統一し悪天候でも走れるようにした。

4)鉄器の普及が「知の爆発」を引き起こした。
・BC500年頃からユーラシア大陸全他にわたって鉄器が普及し始めた。農業生産性が向上すると同時に地球の温暖化が進み大陸東西で人間活動が活発化、社会に余裕が生まれ芸術家、知識人が出現した。
・ギリシャではイオニア学派が生まれ、万物の根源論争が華やかになった。ソクラテスは人間の内面を追及した。プラトンはインドで生まれた輪廻転生を信じていて、全ての事象にはイデアという原型がある(二元論)とした。
・同じ頃インドでも「六十二見」といわれる多くの見識を持つ哲人が多数登場。アジタ・ケーサカンバリンは、世界は「地水火風」4元素から出来ているという唯物論を唱えた。、また、ゴータマ・シッダルタが仏教、マハーヴィーラーがジャイナ教を起こした。
・中国では春秋戦国時代、覇権を争う大国同士が文書行政を始めたことで官僚が誕生し同時に知識人を生み出し諸子百家が登場知の爆発が起こった。孟子は「易姓革命」という革命的な人民主義の思想を考えだした。しかし、武力革命ばかりが起こるとまずいので「禅譲」と「放伐」の2つの方式を定めた。我が国の天皇家には姓がないのもおそらく易姓革命の影響なのであろう。孔子と老子の時代から2百年後には、孟子と荘子により儒教と道教の思想が集大成された。国土支配の論理となった法家と、建前としての儒家思想(修身・斉家・治国・平天下)が共存していった。泰の始皇帝は反抗する思想家は許せないとして焚書坑儒を実施しこの破壊行為で諸子百家時代は終わった。

5)旧約聖書の起源:
・世界的国アカイメネス朝を作った名君キュロス大王が歩いていると、ダイヤ人街があった。「なぜここに住んでいるのか?」と尋ねると戦争に負けて連れてこられたという。「それはかわいそうだ。自由にするから帰ればよい」とバビロニアの捕囚は終了した。当時のエルサレムとバビロンは大きな格差があった。連れてこられてから2~3世代経過していたため、帰ったのは頭の硬い保守的な司祭階級を代表とする人々であった。大部分は自由意思で故郷には戻らなかった。これが「デイアスボラ(離散⇒散在)の実態。
・故郷に戻り神を祭らねばならないとの思いでユダヤ神殿再建する(第2神殿)。待てど暮らせどバビロンからは誰も帰ってこない。エルサレムに帰った人々は不安になる。
・このままではユダヤ人は、寛大で自由で豊かなアカイメネス朝ペルシャに飲み込まれてしまうのでないかとの危機感を抱き、ユダヤ人に自分たちのアンデンディーを自覚してもらうために、民族の歴史を作る。それが旧約聖書。BC4世紀頃までに成立した。
・創世記の大洪水の話や、エデンはメソポタミアの地名。出エジプト記のモーゼが葦の籠で流されたという話は、アッカド帝国のサルゴン王の伝説から借りた。ユダヤ人たちはこれらの話をバビロンで生活している間に学んだ。家系図を描くとき、父母から祖父母に遡るのと一緒で、古い祖先の話は最後に(新しく)書かれる。
・同様の例には、ギリシャ人がフェニキア人に対抗して書いた「イーリアス」「オディッセイ」や日本の「古事記」「日本書紀」などが挙げられる。歴史を遡り物事・思想などの起源・由来を知ることはたのしいです。余りにも面白く長くなるので紙面の都合もあり今回は紀元0年までとします。

新年号の令和元年も7ヶ月で終わり、今年令和2年(2020年)は、東京オリンピック、パラリンピックの年です。日本人選手 の活躍が楽しみです。チケット抽選に当選した人は年初より運の良い人でしょう。中高年ともなると茶の間で寛いで観戦するのが一番です。
福岡県4地域とも例年より1ヶ月早くインフルエンザの流行が始まっています。ワクチン接種はお済でしょうか?室温・湿度などの環境管理、栄養(バランス/水分摂取)・睡眠・手洗・うがい・マスク着用など自己管理に気を付けてこのシーズンを無事に乗り切りましょう。

本年も皆様にとって平穏・平和で楽しい年であるように祈念いたします。 

令和2年元旦 医療法人志成会 祷若宮医院
理事長     祷 光太郎